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姫サーのオタです。いちおうネット屋

とある寿司屋の揚げ物職人(フライガール) その2

先回のあらすじ

名古屋市内の某回転寿司屋に短期アルバイトとして潜入した筆者(当時16歳女子高生)は、
初日から「ジャンボエビフライ寿司」をはじめとする揚げ物寿司の製造を任される。
地味に店の売上を支えているに違いないこれらの邪道寿司は、うら若き派遣スタッフの双肩に託された。

....
ちょっと無理そうだと思っても、大抵のことは慣れでできるようになるものだ。
内心大騒ぎしていたものの、2時間もすれば割とコツもつかめてきた。
穴子のタレって、スーパーとかで売られているのを見たことないけど、どこで手に入るんだろう…?」
などという半分くらいしか業務に関係ないことを考えるゆとりさえ生まれていた。

だがそんなわたしの余裕っぷりはばっちりチェックされていたようだ。
偉い人は、手際が良くなってきたと褒めたあとこう告げた。
「こんどうさん、そろそろアレもお願いしようかな」

実はもう一品、わたしが作るべきメニューがあった。
少々イレギュラーな工程を踏むため、揚げ物に慣れてから教えるねと言われていたのだった。

それが「炙りマヨガーリックえび」という期間限定メニューである。
もしかしたら「炙りえびガーリックマヨ」だったかもしれないが忘れた。
とにかく、エビでマヨでガーリックで炙りなのだ。
若年層を中心に、みんなの垂涎ワードが4つも並んでいる。
人気メニューであることは容易に想像できた。

偉い人が実演で作り方を示してくれたが、なるほど結構めんどくさい。
鉄板の上に甘エビの開きを並べ、ガーリックオイルとマヨネーズを散布。
そしてこれをガスバーナーでひとしきりあぶった。こうしてネタが完成。
「すぐなくなって注文殺到するから、こまめに作ってね」

ていうかこれ、何で揚げ物セクションの管轄なの?
「とろびんちょうの炙りたたき」とかを担当している花板がやればいいじゃん!!
と言いたい気持ちをぐっとこらえてガスバーナーを受け取る。

炙りマヨガーリックえびの登場により、つかみかけていたペースを失ってしまった。
フライの油でそこらじゅうベタベタしているので、
キス天をつかみながら片手間にエビをあぶる、といった同時作業が怖くてできない。
「ガーリックえび」製造中はそれのみに集中しなければならなかった。
仕方ないので、これでもかというほど流してやったが、客席でちゃんと消費されているらしい。
作りすぎ、とインカムで注意されることもなかった。


そうこうしているうちにランチタイムが過ぎ、客足もまばらになった。
ここでようやく休憩をもらう。
偉い人「好きなお寿司を取って食べていいよ(8皿まで)」
そう、この特典に釣られて今回のバイトに応募したのである。

しかしわたしはこのとき、しばらくお寿司のいないところへ行きたかった。
もはや食べたいとかは感じなかった。
どうやら一定時間内に閲覧できるお寿司の上限数を超えてしまったようだ。
酢と揚げ油のにおいにあてられてしまった可能性もある。

残念な気持ちもあったが、意地になるのもアホらしい。
心の声に従い、隣のコンビニでファミチキを買った。

休憩後のことはあまり憶えていない。
ディナータイムに向けて、まずそうな日本酒をお銚子に詰めて温めたりした。
女子高生だったため、9時くらいには退勤となった。

こうして長い一日が終わった。
疲れていたため早めに寝た。夢に寿司の類は一切出てこなかった。


そして2日目と3日目も同じように過ぎた。



業務に関しては、寿司製造軽作業マシーンとしてまあそれなりに活躍した、と思う。
何事もそうだけど、手抜きポイントを見つけてしまえば割と楽になる。
煩わしかった「ガーリックえび」も、ガスバーナーの扱いに慣れると案外楽しくなった。
悪役キャラで無双するようなサディスティックな気持ちになり、悪くない。

「燔祭(ホロコースト)(・∀・)!燔祭(・∀・)!」※原義の方ですよ、念のため。

ひとつ面倒だったのは「できたて厨」。
レーンにたくさん流れているのに注文する客のことだ。揚げたてが食えると思っているのだろうが、甘い。
悪いけれど、エビフライを注文されても手元のトレーにあるものを載せるだけだ。
とくに指定されなければ、ひとつやふたつの注文で新しく揚げたりはしない。
鮮魚に関しては有効なテだが、揚げ物の場合は大人しくそのへんにあるやつを取りましょう。
どうしても熱いのが食べたかったら素直に「揚げたてをくれ」と言わないと、
スタッフ一同気づかないフリをしますからね。

もちろん嫌なことばかりではない。
自分の作ったもので飢えたる人々の腹を満たす、という行為の喜びを知ったのもこのときだった。
まるで、飽くことを知らないヒナ鳥たちの口に次から次へとエサを突っ込んでいく親鳥の心境である。
「このジャンクな寿司を好きなだけ食って、もっと大きくなるがよい!!」
お客さんが食べている様子が直接見えなくても、このように感じるのだから、
きっとラーメン屋の厨房などに立てば、より大きな快感を味わえるのかもしれない。


さてわたしの悲願だったセレクト寿司ランチについてだが、
2日目と3日目の休憩では、おいしくいただくことができた。
しかし、楽しみにしていたまぐろ天&穴子天に手が伸びることはなかった。
理由は天ぷら・フライがことごとくイカ臭かったから。
イカの揚げ物は、当方にとってトラウマ料理のひとつであり、
一緒のお風呂に漬かり一緒のサウナに待機していた穴子さんたちは、もはや一様にイカ天であった。



こうして3日間の寿司屋修行は終わった。
のちに数回、ほかの回転寿司屋で派遣アルバイトをすることになるが、
こちらのお店が一番印象的だったし(ネタ的な意味で)楽しかった。

あれから7年。
それにしても最近の回転寿司は進化しましたねえ。
居酒屋のようにタッチパネルで注文できるし、頼んだものはもちろんレーンに乗ってやってくる。
ヘタすると店員と会話はおろか、ほとんど顔を合わせることなく食事ができてしまう。
これはむしろ退化だよね。
「づけまぐろ」という粗野な響きや、それに応える「あいよ!づけえ〜ェ一丁!」「へェい!」
というカウンター内のやりとりに気恥かしさを覚えながらも
得られたづけまぐろのおいしさを心に刻みつつ、人は大人になるのだから。